クリニック今昔

クリニックの昔の写真は、実は、そんなに残っていない、のだそうです。

一番最初、本当に「さんびきのこぶた」に出てくる「わらの家」の雰囲気だったそうですが、今でも、クリニックの中に、その時の写真が一枚、飾ってあります。

2014年の訪問の時までは、クリニックの建物は平屋でした。「こんど、大きな支援が入って、二階建てに建て替えることになったんです」と伺ったこともあり、昨年の訪問の時には平屋の建物の写真を撮っていました。

 

old-clinic-2014-02

奥に見える建物がウィッシュハウスの建物です。

 

 

Old clinic-2014-03
これも最初期のクリニックに比べたら「立派な」建物になっているのです。ちょうど「さんびきのこぶた」で言うなら、木の家、の雰囲気なのだと思います。

Old-clinic-2014-01 
健康についての色々な注意書きが入口に貼ってありました。それらの多くは、今でもそのまま残っていましたが、それに加えて新しく描かれたものも出ていました。時代とともに、気をつけるべき物事が増えていたりしますので…。

 

お産が重なると、狭い部屋に妊婦さんとその家族がひしめき合っていること、クリニックに来た人が、お産の部屋の横をうろうろするようになること、産婦さんのプライバシーが守りづらいこと。

そして、同じ場所にあると、クリニックの様々な物が、しばしばなくなってゆくこと。

同じ敷地に、二階建てにすれば、産婦さんたちのプライバシーは守れるし、クリニックのセキュリティも守れるようになります。

Clinic-00

新しい建物は、真っ白で、表に階段、裏にスロープがついています。車椅子で受診された方もありました。

白く、きれいな建物になりましたので、どうしても眼を惹きます。

これだけ立派な建物を建てられるということは、周辺の人達からすると「ふんだんにお金があるんだろう」という理解にしかならないので、建築の最中もいろいろな理屈をつけて「ここに建物を造りたいなら、お金をくれ」というような話もあったようでした。

そして、分娩についても、国家の管理が入りはじめています。

妊婦健診を受けていなければ、分娩が出来ない、とか、その一方で、自宅での分娩を禁じるとか、禁じないとか。

冨田さんのクリニックにも、そのような規制がかかる可能性もあります。なにしろ、現地での厳密な法律を適応すると「無免許」「無許可」での臨床です。でも、ここで看られないと言ったなら、その人たちはいき場所がない。

目の前にいる、苦しんでいる人に何かしてあげたい、こうすれば何とかなるかも知れない、という思いこそが医療の原点なのではないか、と、このクリニックに来る方々を見ながら、冨田さんの、そういった病気や怪我の人との関わりを見ながら、思います。

あまりに豊かに、複雑になってしまった日本では見えづらくなった、素朴な原点ですが、人が自分の力のギリギリで生きている、ということは、やはりそれだけで色々なことを考えるきっかけを与えてくれます。

Clinic-01
クリニックの臨床の風景です。現地に持ち込みの支援物資である木製のベッドですが、これが、診察台になります。基本的には、身体に触れることからはじまります。

Clinic-02
今回来て頂いたチャネラーさんにヒーリングをしていただいているところです。
簡単に麻酔がかけられるわけではありませんし、検査ができる環境でもありませんから、手術をしたり、薬を処方したりすることができる環境ではありません。人の体に触れて、さすって、こすって、そして食べ物に気をつけて、日々を丁寧に暮らしてゆくこと。
そういう日常の積み重ねが、身体を作ってゆくこと。
だからこその日々の指導なのだと言います。そして、検査では異常がどのくらいあるのか、わかりませんが、来た人が笑顔になって帰ってゆくことが、医療の原点なのだろうな、と改めて思いました。

イフガオの木彫り

イフガオのお土産屋さんには、大小さまざまな木彫りの作品が並んでいます。

中国の布袋さんや、キリストの生誕の人形、あるいは最後の晩餐のレリーフ、そして、米国の水族館のお土産にされているイルカなども、イフガオの出身者が彫っていたり、あるいはイフガオで作っていたりすることもあるようです。

椅子などもそうやって彫っています。

これが、とても素敵に見えるので、ついつい、眺めては時間が過ぎてゆきます。

バナウエの国営ホテルに、わりと大きなお土産屋さんがありました。

BanaueHotel-01

ホテルの入口です。かなり「よそゆき」の雰囲気で、少しだけですが入るのに躊躇しました。

Banaue-Hotel-02

シックな作りの内装に、あちこち、大きな木彫りの作品が展示されています。

Banaue-Hotel-03

こちらがお土産屋さんでした。

外国からのお客さんが宿泊する所は限られている、ということもあり、ここの方は英語を上手につかって、売り込んできます。ついつい、「イフガオマジック」に乗せられかけて、買い物が増えそうになりました。

Chess Chess-02
これはまた、別の方が作られたチェスです。駒がそれぞれ「ブロル」や「水牛」「家」がモチーフになっています。アンティーク調の作品です。

トラウベ(胎児用聴診器)作り

「もともとフィリピンには、胎児の心音(心泊数)を確認する、という文化はありませんでした」と冨田さんは講演会でおっしゃいます。胎児心音を聞くと、赤ちゃんがお腹の中でどのような環境にあるのか、ということの情報が多少なりとも得られるわけです。

かつて、日本ではトラウベと呼ばれる、胎児心音の聴診器がありました。超音波ドプラーによる胎児の心拍変動の確認ができるようになったことで、日本の医療の現場ではトラウベはあまり見られなくなってきましたが、電力を使わないこの方法は、道具と、それを使用する技術さえあれば、他のインフラは必要ありません。

大規模な災害があったとき、急に電源の供給がなくなった時、そんな時にも赤ちゃんの状態が把握できるようにするためには、ローテクの伝承と、その準備が必要になります。

そのような思いもあって、トラウベを作っておられます。

昨年の講演会でも、いくつかお買い上げいただきましたトラウベですが、こんな感じで作られています。完成までおつきあいすることは叶いませんでしたので、本当に始まりの部分ですが…。

Traube-01 Traube-02

実は、薪割りをしているのかな…と思いながら見ていました。大きめの木材に、クサビを打ち込みながら、割って行きます。これもまた見事なもので、小学生くらいの小柄な子が、一人で手早く作業をしていました。

 

Traube-03

トラウベの見本です。「ステトスコープ(聴診器)」と呼んでいます。もともと、古い形の聴診器もこのような形でしたので、これで友達の心臓の音を聞く、というのはまったく正しい使い方です。

 

Traube-04

それから、ろくろにかけます。

Traube-06

ろくろにかかった状態です。これから、大まかな形を削りだしてゆきます。

さらに仕上げまではまだまだ工程がありますが、仕上げの前に冨田さんのチェックが入ります。

まず実用に堪える形であるかどうか、ということからはじまり、重さ、中心の孔の形、塗装の色合いにもかなりの精度を求めていますので、作り直し、塗り直しもずいぶんあったようです。

次回の講演会でどのくらい準備できるか、わかりませんが、興味のある方はまたお声掛けくださいませ。

ルソンの壷

イフガオはフィリピン、ルソン島の山岳地域。

ルソンの壷は、まさにここでお酒(どぶろく)をつくるために使われたものだったようです。その後船に持ち込まれるにあたって、航海の時の「シビン」として使われることもあったのだとか。

美しい釉薬で赤褐色に彩られた壷には、取っ手になる耳が左右についています。

この壷をつかって、お酒を仕込むわけですが、糀と、酵母、そして、乳酸菌の発酵により、とても奥行きのある、複雑な香りと味になっています。

特に乳酸菌の影響によるだろう、というフルーティな香りは、とても素敵でした。

「ただし、これは『イフガオマジック』(ここに居ると、ここのものが何でも素敵に思えてしまうのです。特にお土産は要注意!と何度も言われました。それでもついつい、欲しくなる、というのが不思議ですし、お土産のいくつかは、もっと購入してくればよかった、と後悔していたりします)がかかっているので、これを日本に持ち帰って飲もうと思うと、とてもじゃない、『どうしてこんな味に感激したのか』と持って帰って来た事を後悔するような味なのです」

食べ物や飲み物をおいしく感じるには、体調だけではなくて、その場の気候や風土も影響してきます。現地であるからこそ、おいしい、現地であるからこそ、食べたい、飲みたいもの、というのは、その場で楽しむからこそ良さがあるんですね。

とは言っても、それを試してみるだけの値打ちがあったのかもしれない…と、現地での感激はまだ冷めやらぬ思いです。

Luzon-no-Tsubo
話題の「ルソンの壷」です。

お酒の壷ですから、暗くならないと出て来ませんし、ついつい、味見に気持ちが向いてしまって、あまり写りのよい写真が残っていませんでした(苦笑)。

フィリピン旅行記その9

世界遺産になった、イフガオの棚田を見に行って…田植えや稲刈りもできるだろうか!という、かなり無茶な要望を、今回は叶えて頂きました。さすがに収穫の時期ではなかったので、稲刈りは無理でしたが。

棚田に入って、田植えをします。

現地の子供たちはあぜ道を身軽に行き来しますが、普段から動き慣れていない私達日本人には、なかなか大変なことでした。

Taue-01

山道…というほどではないのですが、田んぼへ向かいます。現地の子供たちが案内してくれますが、脚力の差が大きいですね。

Taue-02

田んぼの中に「苗代」をつくって、ここに密集させています。これをしばらくしてから、分けて、植えることになるわけですが…そのためには、畦の上を行き来せねばなりません。日本から訪れた私達にはとうてい歩けないような場所を、彼らは上手に行き来します。

Taue-03

このあたりから下りるのです…って、何処を?という感じになってしまいました。現地の人にしてみたら「このくらい簡単に入れる場所」ですが、私達には本当に大変な場所でしたので、下りる前に足下の草を払ってもらいました。

Taue-04 

おっかなびっくり、降りてゆきます。写真右下に見えるところが今回田植えをさせてもらう場所です。

Taue-06 

上から眺めるとこんな感じ。代掻きをしてもらっています。

Taue-08

 

田んぼに足をいれ、田植えをします。ここの棚田は泥がものすごく細かいのです。入っているだけで、気持ちよくなってくる感じがしました。仕事をしながら、「泥パック」をしているような感じです。
稲刈りの時には、穂先だけを切って集めてくるのがこちらの文化なのだそうで、ですから稲藁はすべてここで泥にまざってもう一度土になっているのだそうですが、ほとんど足にふれません。

Taue-07 

無事(?)に田植えを終えました。平地の田んぼに比べると気温の問題などもあり、収率は半分くらいになるのだそうです。化学肥料の持ち込みも、農薬の持ち込みもできない(すると棚田が維持できなくなるらしいです)ところですので、「無農薬有機栽培」ということになるらしいですが…。

この棚田には、人が入るのがやっと、ですから、農業機械が入るなんていうことはありません。全てが手作業になります。田植えや稲刈りをするのは主に女性の仕事、男性は、棚田の畦の補修をしたり、石垣を直したりしています。いずれにせよ「腰を曲げてする仕事」がとても多いところです。イフガオの女性は働き者ですが、どうしても腰を曲げて仕事をしているので、歳を取ると、腰が曲がってしまうことが多いのだと伺いました。

フィリピン旅行記その8

イフガオの棚田の奥に、温泉の湧いているところがあるのだそうです。案内して頂いて、温泉に入って来ました。

Tanada-01 Tanada-02 Tanada-03 Tanada-04
棚田の中を歩いてゆきます。ここは自動車の通る道がないのだそうですが、棚田も大変きれいな状態で広がっています。

Ifgao-hot-spring-01Ifgao-hot-spring-02

車を降りてから、歩くこと40分くらい。温泉に到着しました。

もともとイフガオの人たちは、あまり「暖める」という方法を持っていませんでした。もちろん、火はいつだってご馳走だったでしょうけれど、いつもふんだんに燃料がある、というような状態ではなかったのだと思います。

また、イフガオの民族衣装はもともと褌と毛布、という形です。高地に住んでいるのですから、もう少し暖かい格好でもよさそうなものなのですが、こうした民族衣装を考えると、もともと低地に住んでおられたのではないか、という説も信憑性がでてくる、というものです。

温泉は横に川が流れていて、こちらはかなり冷たい流れでしたが、その水を引き込んで、温度の調節をしています。

鳥の丸焼き料理

イフガオの人たちのごちそうを振る舞って頂きました。

鳥を使った料理です。

鳥は購入してきた…そうですが、生きています。それを屠殺して、食べられるように調理してゆきます。

ウィッシュハウスでのボランティアの中に、シンディーさんは、鶏をつぶして、食べる、というプログラムを選ばれることがあります。

それは、日常自分たちが食べているものが、どのようにして食卓に上がるのか、を、あまりにも知らないで済ませている、ということを痛感したから、だと伺いました。

鳥の調理は、現地の若者たちが交替でやってくれました。見ていると、本当に手慣れた様子で、こうした仕事が日常の中にあるのだということを気づかせてくれます。 Continue reading

ハンドメイドのココナツオイル

イフガオは標高1000メートルの山岳地域ですので、ココヤシの実は取れません。が、低地との交流は昔からあったようで、ココヤシの実から油を抽出することには生活の中に組み込まれています。現地で見せて頂いたココナツオイルが、とても良い印象でしたので、お願いして、ハンドメイドの一部始終を見せて頂きました。 Continue reading

フィリピン旅行記その7

 

 

世界遺産の棚田を、あちこちで拝見して来た、と書いておきながら、棚田の写真があまり入っていませんでした。
Ifgao-rice-field-03

「写真で撮るとどうしても『唯の線が入った山』にしか見えなくなるんです」。人の眼が、カメラとは違う何かをみている、ということはありそうですが、なかなか写真だけでは伝わりにくいものなのかも知れません。

 

 

Ifgao-rice-field-05 Ifgao-rice-field-06   

 

棚田の畦を歩いています。歩くことが出来るように畦が幅広になっていて、セメントで平らに固めてあります。通常の畦はここまで頑丈には作っていません。

セメントは地震や洪水などで「切れる」ことがあるのだとか。石組だけであればそうした揺れのあとは「さらに組み合わせが固くなって、『締まる』」のだそうですが、セメントはもとの形のままで、ズレてゆく事もあります。

 


Ikegaki-step

これは別の場所の石垣ですが、石垣に突出するいくつかの「長い石」があります。実はこれが昔の「階段」だったのだとか。写真では左下から右上にステップがあり、急な斜面ですが、登ることができます。