フィリピン旅行記その6

「イフガオの道は悪い」という話を、以前に冨田さんから伺っていました。今回の訪問中にもあちこちでコンクリート舗装の工事中でしたし、一部では土砂崩れが起こっていて、重機がその土砂を取り除いている現場もありました。山頂までほぼすべてが棚田、という環境は水が充分にあることが成立の条件の一つとして挙げられますが、つまりは、かなりの頻度で乾期であっても雨が降る、ということになります。そのような所に、山の斜面を削って道を作っているわけで、やはり土砂崩れの場所は、多くの場合、道路、になります。その道路ですが、かつては舗装もされない土の道だったのだそうです。今回も土砂崩れの場所であったり、舗装工事の途中である場所でそうした土の道に入りましたが、特に雨が降るとぬかるみや泥にまみれる形になります。たしかに道は悪く、車のスピードもなかなか出せませんし、車が前後左右に揺れる原因になります。

一方で、舗装してしまえば、その場所は快適に走ることができますが、実は別の問題もあるのだそうです。今までは土の道でしたから、土砂で道が埋まったら、その上を平坦にすることで、道が使えるようになりましたが、今は、舗装のある高さまで、全ての土砂を取り除かねばなりません。取り除いた土砂は…わざわざ輸送費をかけて遠くに運ぶわけにもいきませんので、その場から谷底に向けて廃棄されることもしばしば、なのだそうです。どちらの方が環境への影響が大きいのか。難しい問題は、ここにもありました。

観光客としては、舗装された道路がある方が、訪問もしやすいし、中での移動も楽です。ただ、そうした訪問の簡便さが、現地の景観を破壊し、現地の経済を破壊していく、というのであれば、本末転倒です。

とは言っても、じゃあ、道を作るのはやめなさい、と、こうしたことを訪問者が言うのもおかしな話なわけですから、難しい問題です。Ifgao-Road

 

現地の道の一部です。左から「土砂崩れのあった箇所(既に地ならしは終わっているため重機は撤退している)」真ん中「現在舗装工事中の箇所(HITACHIの文字が重機に書いてあります)」右「舗装ほやほやの箇所(コンクリート舗装です)」Ifgao-road-02写真では分かりづらいのですが、かなり急な上り坂です。ここも舗装された道路になっていました。写真左側の斜面から、やはりここも土が少量崩れていました。

 

フィリピン旅行記その5

イフガオの家は、高床式なのですが、基本的にはお金持ちでも貧乏でも家の大きさが変わらないのだそうです。
お金持ちの家は、壁に動物の骨を飾る事で「これだけの動物を今までに食べる事ができた」ということを示すのですが、それは富貴を誇るためではなくて、「宿と食事を求めた旅人がどの家に行けば食事にありつけるかが、良く判るように」ということのためだったそうです。こうした「旅人を歓待する思い」がどのようにして育まれたのか…それは分かりませんが、単に権勢を誇るわけではなく、むしろ、困っている人のために、という話は、どこかイフガオの人たちの心根の優しさを示している、という感じがしました。

Ifugao-house-01

 

イフガオの旧家。この村の大変偉い方だったようで、壁には動物の骨が沢山飾ってあります。「以前はもっとぎっしり飾ってあったのだけれど、これでもだいぶ減ってしまった。骨を持って行ってしまう人が時々いるらしい」ということでした。

Ifgao-house-02軒下から見るとたくさん骨が飾ってあるのがよくわかります。

 

Ifgao-house-03家の中は真っ暗でしたが、中にたき火の跡がありました。ここで火を焚いていたそうです。

 

 

Ifgao-house-04

 

こちらは、古い伝統的な家屋を移築したもの。ここで宿泊をさせてもらいました。梯子で出入りしますが、中にはさらに上の階がありました。四本の柱の上に載っていますので、寝返りを打つと床が揺れます(笑)。

フィリピン旅行記その4

イフガオ訪問中には、私設の博物館も拝見しました(有料)。

Museum-01

博物館に入ってすぐの所には、イフガオの棚田の古い写真が展示されていました。
白黒の写真ですので、緑が分かりづらいこともあり、まさに階段…
この棚田を見て「天国への階段」と言った人たちがいたそうです。
「山岳地なので、雲や霧がよくかかります。山頂がそうした雲に覆われるとまさに天国への階段に見えるのです」と伺いました。

ルソン島は、太平洋戦争の時に、日本軍とアメリカ軍が戦争した場所でもあります。

もともと、イフガオを中心とする北部山岳地域は交通の便も良くない場所であり、マニラを中心とする平地の政治からは少し離れた場所でした。

山下奉文大将が、米軍との戦闘で、後退しながら、最後に本部を作ったのがこのイフガオの地であり、米軍は、その本部をめがけて、砲弾を大量に打ち込んだのだそうです。

あちこちの戦地で「最後の一兵卒までたたかう」という方針であった時代だったと聞いたり、読んだりしてきましたが、ここフィリピンでは、イフガオで、山下大将が降伏なさることを選択されたのでした。

それには色々な物語が語られていますが、一つには「山岳地域に入って来て、山下大将は、日本の原風景をそこに見たのかも知れない。そして、その風景が、米軍の砲撃によって崩されてゆくのをみて、これ以上この棚田の風景が崩されてゆく事を容認できなかったのかもしれない」という話があるそうです。また、山下大将の降伏の決定をされた場所として「ここに平和が降り立ったその場所だ」とおっしゃる方もあるのだそうです。

Museum-03Museum-02

山下大将が降伏を決めて、出頭してきた時と思われる写真や、その前後に英文で書かれた手紙などの記録も展示されていました。この地域の方にとっては、決して遠い昔のことではないのかもしれません。

フィリピン旅行記その3

「ここでのジプニーの楽しみ方は、この屋根の上に乗るんです…」という案内の言葉にたじろいでいたのですが、子供たちが「行きたい!」と。さすがに子供だけでは落っこちてしまったら大変、と、慌てて屋根の上にのぼる有様。

結果から言うとこれが正解でした。

外気に当たる形で、車は揺れるのですが、「そこらのアトラクションより面白い」と大喜び。天気がよくて、真っ黒に日焼けしましたが、本当に楽しい道行きで、道々の棚田を堪能しました。

Jeepney
そこから、いくつかの棚田ビューポイントに移動して、あちこちの棚田を拝見しました。

OldLadies-of-Ifgao
現地のお年寄りが民族衣装を着て、一緒に写真に入って下さるところ(ここでチップをもらって、稼いでおられるのだそうです)

Scooter

イフガオの「スクーター」にも乗せていただきました(木製で、ほとんど曲がらないハンドルと、ブレーキがついただけの乗り物です。これで坂道を下ってゆくのがイフガオのお祭りのゲームとして知られているそうです)。

Manila-scooter

こちらは、マニラ市内での写真ですが、放送局の番組広告に、このイフガオのスクーターがモチーフとして使われているのが分かります。

 

 

フィリピン旅行記その2

スービックとマニラはルソン島の南部に位置する町です。イフガオ州はルソン島の北部。いわば底辺の短い二等辺三角形のような形、なのだということで、スービックからイフガオ、イフガオからマニラ、という形の予定にしていただきました。「途中はあまり見る所も無い場所が続きます…」という話でもあったので、深夜から朝方にかけて移動、という強行軍をしていただきました。

夜通し走って頂いた(その間、私たちは仮眠を取っていました)道は途中までは平坦でしたが、最後の一時間は蛇行しながらのぼったり、降りたりするような山道でしたので、車に乗ると体調を悪くする息子は車酔いしてしまいました。そのうちに朝になり、バナウエの町に到着。棚田を見に来た人は、皆ここにたどり着くのだそうです。西洋人の観光客もちょこちょこ見かける所でした。

Banaue-view

山間部、斜面のちいさな土地に広がった町は、高台にありますから、そこから見下ろし、また対岸を見ると、早速!棚田がありました。

フィリピン旅行記その1

一昨年に冨田さんのクリニックを拝見しにお邪魔してから、フィリピン大好き!になってしまい、昨年は一家でフィリピンを訪問しました。

そして、今年は、スービックの冨田江里子さんのクリニック訪問、と、それに加えてルソン島北部、イフガオ州の棚田(一帯がユネスコ世界文化遺産に登録)に、神様がおられる、ということで、会いに行ってきました。

冨田さんが講演会で首からぶら下げておられるのが、その棚田を見守る神様。ブロルと呼ばれます。

フィリピンは、六千程の島で形成された多民族国家です。スービック周辺には、ピナツボ山の噴火の後、山麓から移住を余儀なくされた山岳民族のアエタ族(色黒で、背が低いことが特徴。身体能力は高く、米軍に現地でのゲリラ的な行動について指導を行なったりしていた人もいるようです)が在住していますが、イフガオはまた全然別の雰囲気です。熱帯の Happy GO Lucky を地でいく人たちの中で、二千年以上かけて、山岳に棚田を切り拓き、それを守って来た人々ですが、収穫のお祭りの時には、相撲をとり、綱引きをする。棚田に植える稲は平地と異なり、いわゆるジャポニカ種、つまり日本米の原種に近いものが中心だそうです。そして、この米と糀をつかって、発酵をさせたお酒(どぶろく)を作っている、などと、日本の生活文化に大変似通ったような文化を持っているとも紹介されていました。

Ifgao-Tsunahiki
ウィッシュハウスの二階、シンディさんのお部屋に、棚田の間を流れる川を挟んで、イフガオの人々が綱引きをしておられる絵があります。イフガオのことを教えて頂き、2年前にこの絵を見た時に、「ここに行きたい!」と思ったことがきっかけでした。