満員御礼!?

大変有り難いことに、本日お申し込み頂いた方で、定員に達しました。

当初のお申し込みがかなりゆっくりでしたので、ひょっとすると会場に閑古鳥が鳴くのではないかと心配しておりましたが、皆様のお蔭をもちまして、満員御礼を申し上げることになりそうです。

ただ、当日までの急な御用などで、どうしてもいらっしゃれなくなる、などの方があるかも知れない、と存じます。以後のお申し込みにつきましては、キャンセル待ちの対応とさせて頂きます。

皆様、どうもありがとうございます。

そして、お申し込み頂いた方々には、当日会場でお目にかかることを楽しみにしております。

2012-report-2

冨田さんのクリニックの年間報告書の中から、一部抜粋してお伝えします。
当日講演会にいらっしゃる方には、この報告書もお渡しできる予定です。

終わりに
当診療所は医療施設とは言い難いものです。しかし何もないからこそ、皆様から支援して頂いたものが効果的に生かせるように、多くの人にその支援が届くようにしたいと活動を続けています。貧困の人々はお金がないから病院へ行けないと諦め、自分から訴える術を持たず我慢していることが多々あります。(我慢させられている多くは訴えの少ない子供・赤ちゃんたちです)我慢するがゆえに治癒の時期を逃し、慢性化したり生命を失ったりもします。それも含め運命というのかもしれませんが、その人と出会いがあって、私にできることがあるならやりたいと思います。巡回に出ると周囲の人が「あそこに病人がいる、痩せている子がいる」と教えてくれます。その子供たちが元気になり、笑顔になっているのを見ると、どうやればこれを続けていけるのか?これを広げていけるのか?を考えます。いまだに目の前の患者やお産に追われ、その明確な答えは見えていません。関われば確実に変わる。治るのか、楽になるのか、結果の種類は色々です。でも、苦しみの現状からは多少なりとも緩むことができるように感じています。

反対にここの人たちの生命力の強さや伝統医療の効果なども、度々ここでは感じることができます。同じ人間でありながら、違う強さを持った人々。彼らから学ぶことが私はたくさんあります。これをどうシェアすることができるのか?やはりまずお伝えすることだろうと思い、長くなりましたがいくつかの経験を書かせていただきました。自然なものの力、それは私自身がすでに失っている力だから余計興味深いのかもしれません。

毎回、報告書が遅れること、これ以外のお礼が今年度一切申し上げられていないこと、本当にすいません。ここで患者さんや回復する子供たちと関われること、本当に皆様のご支援のおかげです。
心より深く感謝申し上げます。

2012-report-1

毎年、活動報告書を書いておられる冨田さん。
昨年度の年間活動報告書が手許に届きました。

具体的な報告書については、講演会にいらっしゃった方にはお渡しすることになりますが、冒頭から少し引用いたします。

診療から

この国の医療は貧困層にとってはわずかな財産をなくす機会と言えます。そのため医療に依存しない暮らしの実現のために、貧困の人々が日々自己管理し健康を保つことを目指さなければならないと考えています。しかし健康法や自己管理法の伝達よりも、日々多彩な患者のケアに追われる日々が今年も多くなりました。それでもケアと共に伝えた自己管理方法や生活改善を実践した患者にはいい結果が出ており、それらの患者が新たな患者を連れてくる形が今年度も続きました。小児の患者は初期の咳や咽頭炎から、何日も放置された肺炎・下痢などの重傷から、長期に患っている皮膚疾患。どの患者にも支援物資で寄せられたお薬が大いに役立ちました。皮膚病も食事改善がなければ、ぶり返すものも多くあり、化学調味料ばかりの食事改善がないため治癒の難しさも目立ちました。搬送が必要なケースは1週間に多い時は数人いた昨年度に比べると減少しました。(ここでどの程度の治療ができるかが周知されつつあるように感じます)スタッフの最初の聞き取りで、患者の転送が早くにできるようになってきたことが後押しになっています。遠方患者はできる限り自分の地域で漢方治療が継続できるように漢方薬の購入場所(マニラもしくは地方のお店)・家族ができるケアの方法を紹介しています。食事治療に合わせて、自分で行なえる爪モミ療法やマッサージ・深呼吸・半断食などの方法を待合にも掲示しできる限り、多くの患者さんに結果が出せるように、また誰かに治してもらうのではなく、自分で気づき治す努力、自身か家族でできるケアを多く提案し続けています。

videos

http://www.mobacha.net/vjjapan.html

フィリピンでの冨田さん、倉本さんの活動を記録してくださっている方があるようです。
日本映像通信株式会社、というページに、現地で撮影したビデオを編集して一部見られるようになっています。

冨田さんが帰国されてからそろそろ2週間ですが、本当にあちこちで講演を続けておられます。

大阪だけではありませんので、ご縁のある方は是非、お近くのお話会にご参加をお薦めいたします。

開催まであと1週間!

講演会の開催まであと1週間となりました。
様々な方がおこしくださるとお返事を頂いております。
これだけのご縁を頂けたことに感謝しております。

まだ、若干ですが定員まで余裕がございます。お時間があいましたら、是非おこしくださいませ。

おかげさまで定員に達しました(6月30日)。今後のお申し込みはキャンセル待ちの対応とさせていただきます。ありがとうございます。
当日お目にかかることを楽しみにしております。

birth education

冨田さんのブログの、ずいぶん古い文章を引っ張ってきました。
「自分で生まない産婦」
というエントリです。2006年12月、ブログを開設されて間もないころの文章ですが、今でも考えさせられる文章です。

http://blogs.yahoo.co.jp/barnabaseriko/497294.html

 

朝から陣痛でクリニックで過ごしていた20歳の2人目の産婦。

夕方から陣痛が強くなり、7時過ぎに赤ちゃんが見え始めた。

陣痛に関係なく気張り続ける産婦を諭しながら、見守っていた。
頭が大きく見えて、もう1歩というところで産婦は気張るのをやめた。

産婦が私たちにつぶやいた。「あとは引っ張ってくれるんでしょ?」

赤ちゃんの頭は母親の足の間にじっと動かずにいる。
産婦の気が明らかに抜けてしまい、陣痛も遠のいてしまった。

やっと次の陣痛が来た。産婦を盛り立てて気張るように言う。
しかし、産婦の力は抜けている。

でっかい頭が出て、肩が出ない。
横に向かせて、必死で気張らせる。

4年ぶりぐらいで、私が取り上げた・・と思わざる得ない、お産になった。

冷や汗が出たお産になった。
「どうしてひっぱてくれなかったの?」

1人目のお産が病院で押されて生まれたのだという。だから、引っ張って押して貰うものと信じきっていた。怖いお産になった。

 

お産は自分でする、という、生き物が生き物である根本の部分を、私たちは充分に伝えてくる事が出来なかったのかもしれません。
主体性を喪った産婦のお産ほど、怖いものは無い、ようにも思いますが、振り返って日本のお産はいったいどうでしょうか?

life in poverty

貧困の地域に暮らす人々の生活は、子供達の健康状態にも影響を及ぼします。

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写真は、皮膚症状のある乳児。
アレルギー反応?とはちょっと違いそうです…。
感染症?とも違う?

新生児の湿疹とも違います。

しばらく???と考えていたのですが、こそこそと話をしているのを聞きつけると…

「やっぱりアスベストを使っているなんて言ったら、怒られるよね…」
???

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これがその子の住んでいる家です。
オレンジ色の「防水布」が、アスベストなのだそうです。
ゴミで棄てられているものを拾ってきて、建材につかっているのだとか。
これに直接接している場所での生活だったようです。

おそらく、そうしたアスベスト繊維が、飛散して、子供の頭に引っかかったものが炎症を起こしていたのだと考えられます。

その後、アスベストを使用した家屋を建て直し、竹で壁を作ったこともあり、赤ちゃんの状態は改善してきているようです。
竹壁の外側にはまだ、アスベスト布をそのまま使っている(!)ようですが。

生活の中で、何が優先されるものなのか、
とりあえず、生きていくことができるなら、とりあえず雨風がしのげるものなら、
そのままで暮らしているのを目にすると、
もう少し先を考えられない環境に生きている、ということの厳しさを思い知らされます。

 

ルソン島南部、ピナツボ山麓の地

1991年のピナツボ山噴火は、山容を大きく変化させ、実に山の上三分の一が吹き飛んだと言います。
火山灰と、土砂は大量の土石流となり、渓谷を埋め尽くしました。
写真は、その土石流によって作られた「砂漠」を流れる川です。
この川で砂鉄が取れるため、大きな磁石を使って砂鉄を収集することを目的に、この地に人々がやってきます。

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土石流の堆積の上を流れる川。手前右の袋は、収集された砂鉄。

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大きな磁石を水中につけて、砂鉄を回収する様子

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「砂漠」から突き出て見える緑地が、かつての渓谷の山頂です。左右の尾根を延長した、おおよそ30m程の渓谷が大量の土石流によって埋まってしまっています。土石流の下には、かつての街が沈んだままになっています。

CIMG3775

ピナツボ噴火以前から、この地を生活の中心にしていたのは、アエタと呼ばれる山岳少数民族でした。彼らはフィリピンに最も古くから住んでいる先住民族の末裔と考えられ、昔、彼らの祖先は平地に入植してきた民族との争いを避けて、山奥に入っていった、とされています。このピナツボの噴火がなかったなら、彼らの存在すら、表に出てこなかった、かも知れない、とも指摘されています。
噴火の際に、土地に殉じた人々と、平地に避難した人々がいたそうですが、平地に避難した人々は、かつての伝統的な生活を維持することができず、生活の変化に体調を崩したこともあったようです。

冨田さんのフィリピンの生活は、この、ピナツボ噴火によって生じた「砂漠」の緑化から始まり、アエタの人々との生活から始まったのだそうです。

「人間力大賞」DVD

http://www.jaycee.or.jp/ningenryokutaisyo/awardee12/index.html#aw4
人間力大賞、という表彰があるのだそうです。
wish-house の倉本さんが昨年エントリーして、表彰されています。
その際の紹介がこちらにありました。
http://store.tsutaya.co.jp/item/rental_dvd/169913451.html
なんと、レンタルDVDにもなっている、そうです。